千年のまち防府市街を桑山から望む&坂本龍馬脱藩上陸地・三田尻(湊)を巡る。
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【日時・集合場所】 2011年1月8日(土) JR防府駅天神口 10時10分集合。
【スタート時間】 JR防府駅天神口 10時20分出発。
【ゴール予定】 防府天満宮 12時30分ごろ。
【参加費】 300円(傷害保険代) 【弁当販売】 なし(昼食まえ解散)。
【コース】JR防府駅天神口~妙見社~桑山(千年のまち防府市街を望む、注1)~本町の道標(左:宮市天満宮、右:志ものせき)~御茶屋英雲荘(萩往還終点)招賢閣~住吉神社の石造燈台(坂本龍馬脱藩上陸地の三田尻湊入口、注2)~三田尻御船蔵跡(長州藩海軍局)~防府天満宮御旅所(菅公上陸地の勝間浦)~周防国衙跡(大化の改新後の政庁)~佐波神社(周防総社)~防府天満宮(まちの駅うめてらす、注3)。
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注1:桑山頂上展望台は市街が見渡せ来目皇子仮埋葬地(聖徳太子の弟君)、途中階段が急なのでバイパスルートとの二班に分ける選択肢あり。
注2:龍馬は沢村惣之丞と文久2年(1862年)3月24日に脱藩、3月28に伊予長浜(愛媛県大洲市)を出帆し同日に上関(山口県上関町)へ、3月29日に上関を出帆し夜半に三田尻(山口県防府市)に上陸した、三田尻を3月30日に出発し約80㎞の陸路を2日間(旧暦は31日がない)かけて目的地の下関に4月1日についた。
通説では下関で4月1日に白石正一郎宅訪問となっているが、白石正一郎日記の 「日記中摘要」によれば慶応2年(1866年)6月22日 龍馬はこの日宿泊先の伊藤家本陣から、海軍総督高杉晋作が作戦本部を置いている白石家に晋作を訪ねた、長幕戦争を巡る九州諸藩対策の相談だった。龍馬が白石家を訪れたのはこの一度きり。《出典:平井収二郎書簡、覚 関雄之介口述之事(龍馬と一緒に脱藩した沢村惣之丞の変名)、白石正一郎日記中摘要》。
注3:防府天満宮まえの萩往還と旧山陽道の交差する四つ辻にあり。展示・休憩・情報コーナー、特産品・おみやげコーナー、お食事処などがあり、観光に役立ついろいろね情報を提供しています。《出典:まちの駅うめてらす・パンフレット》。
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【交通】山陽本線・下関駅 8:12 ~ 宇部駅 8:58 ~ 新山口駅 9:23/48 ~ 防府駅 9:39/10:04。
山陽本線・柳井駅 8:43 ~ 徳山駅 9:26 ~ 防府駅 9:52。
宇部線・宇部新川駅 8:41 ~ 草江駅 8:51 ~ 新山口駅 9:31。
山口線・山口駅 9:14 ~ 湯田温泉駅 9:18 ~ 新山口駅 9:36。
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*各月例会の実施報告はこの下のコメント欄に掲載します。
実施報告 2011年1月8日(土)晴れ、41名参加。
返信削除皆さんの日頃の行いが良く晴天ウオーキング。桑山山頂広場で市街を見渡し記念写真。今流行りの坂本龍馬脱藩にかこつけ道標・住吉神社の石燈台(上陸地の三田尻湊入口)など見学し防府天満宮境内の「まちの駅うめてらす」で解散。
参拝ののち境内の「食堂・さかたり」で有志反省会(新年会?)参拝者が多くて御飯の炊飯が間に合わずしばし待つ、大半の人はビール・焼酎の為に影響なし。
お土産を「まちの駅うめてらす」で購入して頂き感謝。
和菓子の「塩埜」で美味しい饅頭を買い防府駅で再度解散。
【コースタイム】防府駅 10:21 出発 ~ 妙見社 10:39 ~ 桑山山頂広場 11:21/27 ~ 道標 11:47 ~ 老松神社 11:51~御茶屋英雲荘 11:54 ~ 住吉神社の石造燈台 12:04 ~ 三田尻御船蔵 12:13 ~ 防府天満宮御旅所 12:23 ~ 周防国衙跡 12:36 ~ 佐波神社 12:47 ~ 防府天満宮・まちの駅うめてらす13:01解散。